企業内学園とは何か。給料をもらいながら学んだ1年を、35年前の卒業生が振り返る
企業内学園とは、会社に入ってから給料をもらって、ものづくりを1年間学ぶ社内の訓練校です。そして入ってから知ったのですが、実態はそれだけではありません。現場のリーダーになる人材を育てる制度です。ここを知っているかどうかで、会社選びが変わります。
私は1989年に工業高校を卒業して自動車部品メーカーへ入社し、1年間この学園で学んでから試作課に配属されました。35年前の話なので、今は変わっているところも多いはずです。それでも仕組みの骨格は伝えられると思うので、当時の記憶で書きます。
給料が出て、寮に住んで、1年間学ぶ
仕組みはこうです。高校を卒業して会社に入ると、いきなり工場に配属されるのではなく、まず社内の学園に1年間通います。その間も社員なので、給料が出ます。私は寮生活でした。
正直に言うと、私はこの仕組みをよく知らずに入りました。「なんか1年間勉強して給料がもらえるらしい」。それくらいの軽いノリです。制度の意味を知ったのは、入ってからでした。
1日の流れ:朝は工場一周のジョギングから
朝はラジオ体操から始まります。それから隊列を組んで工場をジョギングで一周し、腕立て10回、腹筋10回。それが終わってから教室に入り、午前中は座学、午後から実習でした。
規律はさほど厳しくなかったと思います。今の訓練生を見ると、当時の私たちよりよほど厳しそうに見えるくらいです。
体育の時間もありました。グラウンドでソフトボールをやった思い出があります。企業の訓練生どうしで対抗する体育祭のような大会があって、私はソフトボールの選手で出ました。冬には企業対抗の駅伝もあり、その練習で5kmほど離れた公園まで走らされました。しかも定時後にです。当時は大変でしたが、今思い出すと懐かしい話です。
実習は旋盤と手仕上げ。鉄をやすりで寸法に追い込む
実習は加工と仕上げが半々でした。加工のメインは旋盤(金属を回して削る工作機械)で、フライス(金属を固定して刃物で削る機械)も少し。実習を教えてくれるのは学園の先生で、座学は科目によって技術部門の社員が教えに来ることもありました。
仕上げは手仕上げです。鉄の板にけがき線(加工の目印の線)を入れ、弓のこで切り出し、やすりで指示された寸法に仕上げていきます。課題はたとえばこうです。階段状の部品を2枚作り、組み合わせる。隙間が公差(許される寸法の誤差)の中に入っているか、組み合わせた寸法が公差内か。それを規定の時間内に作る。
機械に頼らず、鉄をやすりで狙った寸法に追い込む。ものづくりの基礎体力は、ここで作られたと思います。少しですが図面を描く授業や、自社製品の機能を学ぶ授業もありました。
きつかった記憶がない。高校の延長で楽しかった
きつかったことを思い出そうとしたのですが、出てきませんでした。高校の延長みたいなもので、楽しかった記憶ばかりです。寮生活も、洗濯が面倒なくらいで、あとは楽しかった。
同期は1クラス分ほどの人数で、全員工業高校の出身でした。同じ釜の飯を食って1年間一緒に学ぶので、かけがえのない友達ができます。35年たった今も、その財産は残っています。
1年は役に立ったか。旋盤とフライスは今も使っている
役に立ったのは実習です。試作の仕事では旋盤もフライスも使うので、学園で覚えた技能はそのまま現場で生きました。治具(部品を固定する道具)を自分で作る仕事の土台も、ここでできたと思います。
試作という仕事の中身は試作と量産の仕事はどう違う?に書いたとおりですが、「図面を読んで、機械を使って、手で仕上げる」の全部を学園で一通りやってから配属される。この順番は、ありがたい仕組みでした。
一番大事な話:学園卒はラインより間接部門に行く
これから就職する人に一番伝えたいのはここです。学園は現場のリーダーになる人材を育てるところです。だから学園卒は、量産ラインより間接部門(試作、工機、保全、試験など)に配属されることがほとんどです。
ラインで速く正確に作る仕事より、「考えて、道具から作る」側の仕事に行きたい人には、学園のある会社はおすすめです。私自身、軽いノリで入った学園のおかげで試作課に配属され、35年この仕事を続けられました。
今の学園は、うわさで聞く範囲ですが、工業高校だけでなく普通科や農業高校の出身者も採っているようです。製造業はどこも人手不足なので、門は昔より広がっているはずです。給料をもらいながら技能を学べて、配属は間接部門が中心。高卒でものづくりの仕事に就くなら、これより条件のいい入口を私は知りません。