工場のリアル、先に言っておく 製造業に入る前に知っておきたいことを、中の人が書く

働き方と転職 2026-07-05

派遣から正社員になれるのか。部品メーカーの現場35年で見た「なれた人」3人の共通点

なれます。ただし、私が35年で見た範囲では3人です。珍しい。でも、実在します。そしてその3人を分けたのは、腕前ではありませんでした。

私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作課に35年います。部下として派遣の人を2人持ったこともあります。この記事は、派遣で働きながら「このまま派遣でいいのか」と考えている人に向けて、私が実際に見た登用の実例だけを書きます。私の職場の非正規は派遣が中心なので、期間工ではなく派遣の話です。

35年で、派遣から正社員になった人を3人見た

まず母数を正直に書きます。私のいる試作全体では、派遣の人は8人くらい見てきました。そのうち正社員になったのは1人。試験課では思い出せるだけで6人くらいいて、なったのは1人。技術部門は数えきれないほど派遣の人がいましたが、私が知る限りなったのは1人です。

合わせて3人。「派遣からでも普通になれます」とは言えない数字です。でもゼロではない。そして今も2人、私の近くで派遣として頑張っている人がいます。なれるかどうかは、運と本人の動き方の両方で決まる。それが35年見てきた実感です。

3人の共通点は「腕」ではなかった

3人がどんな人だったかを書きます。

試作で登用された人は、仕事がすごくできるとは言えない人でした。でも人当たりがよくて、勤務態度がよかった。年齢は30歳前後で、ちょうど就職氷河期の世代です。会社がその年代の人材を採りたがっていた時期に重なった、という運もあったと思います。

試験課の人は30代前半、派遣歴3年くらい。真面目で主体性のある人でした。技術部門の性能試験機を借りるとき、この人が詳しくて何度も助けられました。周りから「頼りにされる」立ち位置を、派遣のうちに作っていた人です。

技術部門の人は40代でした。登用の理由は私には分かりませんが、技術部門の人手不足が背景にあったはずです。

並べてみると、突出した腕で選ばれた人はいません。共通するのは勤務態度がよく、周りに信頼されていたこと。そして、会社側の採用事情(氷河期世代を採りたい、人手が足りない)と噛み合ったタイミングです。

決め手は、上司に「なりたい」と言ったこと

試験課の人から直接聞いた話です。その人が「正社員になりたい」と上司に伝えたとき、その上司が上に頼んでくれたそうです。本人も「上司に恵まれた」と言っていました。

登用試験があるのかどうか、正直私には分かりません。ただ、上司の推薦が重要なことは間違いないと思います。そして上司は、黙って働いている派遣の人の頭の中までは見えません。「なりたい」と言わなければ、推薦のしようがないんです。

上司運は、確かにあります。動いてくれない上司もいるでしょう。でも言わなければ、上司運を試すことすらできません。

正社員にならない選択をした人たちもいる

登用を狙わない派遣の人たちも見てきました。理由を聞くと「同じ会社にずっといたくない」「いろんな仕事をしたい」「嫌ならすぐ辞めて別のところに行けるから」。

これはこれで、筋の通った考え方です。正社員は雇用が安定する代わりに、その会社に固定されます。身軽さを取るか、安定を取るか。どちらが上という話ではありません。ただし、EV化で仕事が消えたとき、最初に切られたのは派遣の人たちでした。身軽さの代償は、景気のいいときには見えません。

今は35年で一番なりやすい時期だと思う

製造業の現場は、とにかく人手不足です。新入社員は各社で取り合いになっていると聞きますし、会社の訓練校ですら定員割れになりそうだという話も耳にします。会社は人が欲しい。35年見てきて、派遣から正社員への門が今ほど開いている時期はなかったと思います。

だから、やることは複雑ではありません。普通に真面目に働く。そして上司に「正社員になりたい」と言う。この2つです。私が見た3人は、特別な人たちではありませんでした。

正社員になったら何が変わるのか(ボーナス、雇用、キャリア)は、自動車部品メーカーはきつい?正社員は割に合うのかに本音で書きました。「この会社に固定されるのは違う」と感じた人は、外の選択肢を見てから決めても遅くありません。

筆者:工業高校卒業後、1989年に自動車部品メーカーへ入社。1年間の企業内学園を経て試作課へ配属。以来、試作品の組み付けから性能測定までを担当。班長を経験したのち、管理職の道ではなくものづくりの現場に残ることを選んだ。 この記事は個人の経験にもとづくものであり、所属企業の見解ではありません。記載の内容は筆者の勤務先での一例です。 詳しくは書いている人へ。