治具とは何か。試作35年の現場社員が「道具から作る」仕事を説明する
治具とは、部品を正しく組み付けたり、加工したり、測定したりするための「その製品専用の道具」です。初めての製品には、それを固定する道具がまだ世の中に存在しません。だから試作の現場では、製品より先に道具を作ることがあります。
私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作課で35年、治具を考えて、描いて、削って作ってきました。教科書の定義ではなく、現場の人間が思っている治具を説明します。
治具は「なければ組めない物」と「あれば楽になる物」に分かれる
治具と一言で言っても、重みが2種類あります。ひとつは、それがなければ絶対に組み付けも加工もできない物。もうひとつは、なくてもできるけれど、あれば楽に、早く、正確にできる物です。
前者は製品の成立条件そのもの。後者は現場の知恵です。どちらも「その製品のためだけの道具」という点は同じで、ホームセンターには売っていません。
役割で呼び名が変わる:受け、ガイド、位置だし、角度だし
現場では、役割で治具を呼び分けています。私が使ってきたものだと、こんな種類があります。
- 受け治具:圧入(部品を押し込んで固定する加工)のとき、製品を下で受け止める台
- 上治具:圧入で押す側につける道具
- ガイド治具:部品を正しい位置に誘導するレール役
- 位置だし治具:毎回同じ位置に部品をセットするための道具
- 寸法だし治具:いろいろな寸法で組み付けられるようにする道具
- 角度だし治具:決まった角度が必要なときに使う道具
実際に作ってきた例を挙げると、パイプを圧入すると狙いの角度が勝手に出る治具。圧入の寸法が勝手に出る治具。センサーを組み付けると角度が決まる治具。かしめ(金属の縁を折り曲げて固定する加工)の形状が指示どおりにできる治具。組み付け用だけでなく、性能を出すための流量調節の治具や、気密確認(漏れがないかの確認)をする治具も作ります。
共通しているのは「人の勘に頼らず、道具が精度を保証する」という考え方です。作業者の腕に頼らなくても、狙いの角度や寸法が"勝手に出る"ように道具の側に知恵を入れておく。ここが治具を設計するときの工夫のしどころです。
作り方:頭で考えて、図面に描いて、形にする
作り方は3段階です。まず頭の中で構想する。次に図面ソフト(2次元CAD)で描く。それから加工して形にします。正直に言うと、今の私が自分でやるのは図面までで、加工は加工班に頼んでいます。
加工は形状に合わせて旋盤(金属を回して削る機械)やフライス(固定した金属を刃物で削る機械)を使い、面の滑らかさが要るときは平面研磨や円筒研磨まで使います。時間はものによりけりで、簡単な形状なら1〜2時間、複雑な物だと半日から1日かかります。
失敗はひととおりやった
失敗談には事欠きません。うちの図面ソフトは2次元なので、描いている段階では気づかず、作ってみたら治具と製品が干渉していたこと。圧入代(押し込む部分の締めしろ)の公差指示をミスして、スカスカで保持できなかったこと。逆にかたすぎて製品を変形させたこと。
材質の失敗もあります。治具を軽くしたくてアルミで作ったら、強度が足りずに治具のほうが変形して、部品を保持できませんでした。軽さと強度は、いつも綱引きです。
どれも痛い失敗ですが、治具は作り直せます。この試行錯誤こそが治具作りの中身だと、今は思っています。
一番うれしいのは、性能調整までたどり着いた瞬間
いちばん記憶に残っているのは、構成部品の多い複雑な治具を一つずつ組み上げていって、実際にそれで製品の性能調整ができたときです。自分で作り方を考えて、必要な道具を自分で作って、それがうまく機能する。この瞬間は、35年やってもうれしいし、面白いです。
試作の仕事の面白さは結局ここに尽きます。試作と量産の仕事はどう違う?で書いた「考えて、道具から作る」の実体が、この治具作りです。
正直な補足:既製品があるなら使う
かっこよく書いてきましたが、正直な補足を2つ。
ひとつ。既製品で済むものは、なるべく既製品を使います。世の中に売っていないもの、どうしても無いものだけ作る。道具作りは目的ではなく手段なので、これが現場の正解です。
ふたつ。治具が作れるからといって、特別な存在になれるわけではありません。うちの現場では、職制(現場の管理職)になると治具作りは必須の技能です。いわば現場の標準装備。ただ、裏を返せば、ものづくりの基礎体力として一生使える技能だということでもあります。図面が読めて、機械が使えて、道具が作れる。この組み合わせの入口については「図面が読めない」は入社してから治るにも書きました。