昇進試験を断ったらどうなったか。班長10年のあと、現場に残ることを選んだ本人が書く
私は昇進試験を断って、ものづくりの現場に残りました。あれから10年以上たちますが、後悔はしていません。ただし、断ればすべてすっきりする、という話でもありませんでした。恥ずかしさも気まずさも、セットでついてきます。
私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作課に35年います。30代半ばから10年ほど班長をやり、その先の昇進試験を断りました。「昇進したくない。でもそれは逃げなんじゃないか」と悩んでいる人に向けて、断った本人のその後を書きます。
班長の仕事は、現場の上に管理がまるごと乗ってくる
班長は現場の最初の役職です。現場の仕事が減るわけではなく、その上に管理の仕事がまるごと乗ってきます。
私の班長時代は、とにかく忙しかった。試作の手配が毎日来て、机には図面が山のように積み上がっていました。その一枚一枚に製作日程を立てるのが私の仕事です。毎日4時間残業しても追いつかず、土曜日に会社へ行って日程を立てたこともあります。納入は毎日、綱渡りでした。
部下は7人ほどいました。毎日の終わりがけに、7人分の翌日の日程を書く。これだけでも大変なのに、割り振った仕事に文句を言う部下もいます。不良品が出れば、再発防止の資料作り。人前で説明する仕事も増えます。現場で手を動かす時間は、どんどん削られていきました。
図面を床に叩きつけた日
一度だけ、積み上がった図面を床に投げつけて、踏みつけたことがあります。怒りが抑えられませんでした。今思い出しても、あのころの自分は限界に近かったと思います。
ダメな上司でもありました。部下にやらせるより自分でやったほうが納入に間に合う。そう思って、自分で抱え込んでしまうことが多々ありました。部下は育たないし、自分はつぶれていく。管理職として一番やってはいけないやり方だったと、今なら分かります。
向き不向きというのは、こういう毎日の積み重ねで嫌でも見えてきます。私は、人に指示を出すのが好きではない。人前で話すのも苦手。それでも10年やりましたが、「向いていない」という結論は変わりませんでした。
昇進試験は一度受けて、落ちた
正直に書きます。その上の役職への昇進試験を、私は一度受けて落ちています。
記憶では、試験は国語と算数でした。国語は文章を読んで答えるもの、算数も文章問題が中心だったと思います。時間をかければ解ける内容です。でも制限時間が短くて、全然できなかった。それが実感でした。
翌年、もう一度受けるように言われました。そこで私は断りました。試験に落ちたから嫌になった、というのが理由ではありません。班長を10年やって、この先の役職が「もっと管理、もっと人前」になることが分かっていたからです。受かってしまったら、断れなくなる。
課長は驚いた顔で「そんなやついないぞ」と言った
昇進試験を断ると課長に伝えたとき、返ってきたのは驚いた顔と「そんなやついないぞ」という言葉でした。
引き留めはされませんでした。それだけです。ドラマみたいな説得も、叱責もありません。会社というのは、昇進を断る人間を想定していないだけで、断った人間を罰するわけでもない。拍子抜けするくらい、あっさりしていました。
断ったあとの本音。恥ずかしいと思うことはある
いいことばかり書いても嘘になるので、これも正直に書きます。
昇進すれば、給料は上がっていきます。断った私は一般のままで、同期はどんどん上がっていきました。同期と顔を合わせると、少し恥ずかしいと思うことは今でもあります。人それぞれだと気にしないようにしていますが、ゼロにはなりません。
断るときも本当に悩みました。妻も子どももいるのに、昇進しないのは逃げじゃないか。昇進すれば家計も楽になる。自慢にもなる。断ることに、いいことは何もないように見えました。
逃げじゃないかと悩んだ。今は、断ってよかったと思う
それでも断ってよかったと、今は思っています。理由ははっきりしています。あのまま上がっていたら、きっとメンタルをやられていたからです。
人前で話すのが苦手で、人に指示を出すのも好きじゃない人間が、管理の階段を上がり続ける。それは給料と引き換えに、毎日削られ続けるということです。私は班長の10年でそれを体験済みでした。だから断るのは、逃げというより自分の適性を認める勇気だったと思っています。
昇進だけがキャリアではありません。現場を極めて長く働き続ける道もあります。私はその後も試作の現場で、組み付けと性能測定をやり続けています。仕事の中身は性能測定とはどんな仕事かに書きました。
いま昇進を打診されて悩んでいる人へ。断っても、会社人生は終わりません。ただし気まずさは少し残ります。それを引き受けても現場にいたいのか、給料と役職のために管理を引き受けるのか。正社員の見返りの話と合わせて、自分の向き不向きで決めてください。