工場のリアル、先に言っておく 製造業に入る前に知っておきたいことを、中の人が書く

働き方と転職 2026-07-07

工場勤務、体力の限界は何歳か。勤続35年・50代半ばの現場社員が答える

50代半ばの実感から言うと、体力の限界はまだ来ていません。ただし50代に入って、はっきり来たものがあります。回復力の崖です。作業そのものは今もできます。できなくなったのは、翌日までに疲れを消すことです。

私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作の現場に35年います。「この仕事、何歳まで体がもつんだろう」と不安な人に向けて、私の体に実際に起きたことと、職場の50代・60代の現実を書きます。

40代半ばまでは、4時間残業しても翌日に回復した

まず、若いころの話です。40代半ばまで、2時間残業は当たり前で、たまに4時間残業もやっていました。その日は確かにきつい。でも、次の日には回復していました。

疲れても寝れば戻る。この回復力があるうちは、体力の限界なんて考えたこともありませんでした。たぶん、今この記事を読んでいる20代・30代のあなたも同じだと思います。問題は、それがいつまでも続かないことです。

50代で来たのは「回復力の崖」だった

50歳前後のころ、仕事が減って残業のない定時生活が続きました。体はすっかりその生活に慣れました。

数年前から人が減った影響で、少しずつ残業が戻ってきました。そこで愕然としました。2時間残業しただけで、次の日に疲れが残っているんです。階段を登ると足が重い。週末に近づくほど疲れは溜まっていき、金曜には階段の登りと立ち仕事が一番こたえます。

体の部品も、それぞれ音を上げ始めます。目は老眼が進んで、今は遠近両用のメガネです。立ち仕事が多いので、腰と足に来ます。座った姿勢から立ち上がるとき、右膝が痛くて、スッと立ち上がれません。

どれも「作業ができない」レベルではありません。でも、20代のころに夜勤明けで釣りに行けた体と同じ体だとは、もう思えません。

初めての神経痛で「歳をとったんだな」と思った

去年あたり、右膝の裏が徐々に痛くなり、3、4日したら普通に歩けなくなりました。整形外科で診てもらった結果は、神経痛。人生で初めての診断名でした。このとき本当に、歳をとったんだなと思いました。

病院に行く回数は、明らかに増えました。若いころは風邪でもなければ行かなかったのに、今は体のメンテナンスで通っています。工場勤務の体は消耗品だと、身をもって分かってきました。

職場の現実:私の班は6割が50代

「50代で工場勤務なんて無理だろう」と思うかもしれません。現実は逆です。私の職場は、50代・60代が半数近くいる印象です。私の班に限れば6割が50代です。

みんな老眼で、目を細めて、部品を離して見ています。60代の再雇用の人も何人かいて、体調不良で突発的に休んだり、病気で入院したり、若いときには考えもしなかったことがたまに起きます。それでも、働き続けています。

つまり「何歳まで働けるか」の答えは、理屈ではなくて目の前にあります。この業界の現場は、50代・60代が現役で回しているんです。

体力で貢献できない分は、経験で貢献する

とはいえ、若い人と同じ土俵で体力勝負をしたら負けます。だから私は、貢献の仕方を変えてきました。

仕事は手を抜かずにやる。気づいたことは職制(現場の管理職)に報告する。うちの班長はまだ経験が浅いので、気づいたことをフォローする。作業要領書を作る。技術部門への報告をまとめる。体で稼ぐ側から、経験で支える側へ。35年分の蓄積は、体力と違って年々増えていきます。

それで、何歳までいけるのか。私の答えは65歳

うちの会社の定年は60歳です。まずそこまでは頑張りたい。正直に言えば金銭的な余裕もないので、その後は再雇用で働く可能性が高いです。

それでも悲観はしていません。試作は自分のペースで進められる仕事なので、65歳まではいけると思っています。現に、うちの再雇用の人はほとんど65歳までやっています。

ひとつ補足すると、「自分のペースで働けるか」は大きいと思います。試作と量産ラインでは、同じ立ち仕事でも疲れ方が違います。この違いは試作と量産の仕事はどう違う?に書きました。体の負担が10年後にどう返ってくるかは、自動車部品メーカーはきつい?正社員は割に合うのかにも書いています。

体力の限界は、ある日突然「もう無理」と来るものではありませんでした。回復が追いつかなくなるところから、じわじわ始まります。それでも、働き方しだいで65歳まで現役でいられる。これが50代半ばの、正直な答えです。

筆者:工業高校卒業後、1989年に自動車部品メーカーへ入社。1年間の企業内学園を経て試作課へ配属。以来、試作品の組み付けから性能測定までを担当。班長を経験したのち、管理職の道ではなくものづくりの現場に残ることを選んだ。 この記事は個人の経験にもとづくものであり、所属企業の見解ではありません。記載の内容は筆者の勤務先での一例です。 詳しくは書いている人へ。