工場のリアル、先に言っておく 製造業に入る前に知っておきたいことを、中の人が書く

働き方と転職 2026-09-20

工場勤務は危ないか。35年でしたケガと、会社の安全対策を全部書く

35年工場で働いて、ケガらしいケガは一度だけです。20代のとき、旋盤で手を切りました。

自動車部品メーカーの試作課で35年やっている現役社員です。工場は危ないのかと不安な人に、自分のケガと、会社が何をしているかを全部書きます。

35年で、ケガらしいケガは一度だけ

20代のころ、旋盤で作業をしていて、バイト(刃物のこと)で手を切りました。医務室に行って手当てをしてもらい、それで済んでいます。

35年で、自分のケガはこれだけです。骨を折ったことも、入院したこともありません。

不安をあおる書き方はしたくないので、先に数字で言っておきます。1回。それが35年間の実績です。

安全扉を閉めずに溶接した先輩は、翌日、目が真っ赤になった

周りで見た中で、一番印象に残っているのはこれです。

先輩がレーザー溶接をしていたとき、安全扉を閉めずに作業していました。その場では何ともありません。異変が出たのは翌日です。目が真っ赤になって、病院に行くことになりました。

レーザーの光は、その場で痛みを感じません。後から効いてきます。だから「今日は大丈夫だった」が通用しない。

安全扉は、閉めるのが面倒な装置です。開けたままのほうが早く終わります。それでも扉がついているのは、こういうことが起きるからです。

今の現場に、怖い作業はほとんどない

正直に書きます。今の試作課に、「これは怖い」と思いながらやる作業はほとんどありません。

危ないところには扉やカバーがつき、手を入れたら止まるようになっています。保護具も会社から支給されます。安全靴、保護メガネ、必要なら手袋。自腹で買うものではありません。

入る前に一番心配されるのがここだと思いますが、身構えるほどではないというのが35年やった実感です。ただし、それは勝手にそうなったわけではありません。次に書く仕組みがあってのことです。

会社がやっている安全対策を、全部並べます

思いつくものを並べます。これだけのことを毎年続けています。

正直なところ、面倒だと思うものもあります。ヒヤリハットを年2回書くのは手間です。それでも35年でケガが1回で済んでいるのは、この積み重ねのおかげだと思っています。

ケガをしたら何が起きるか。災害速報が全社に飛ぶ

実際にケガが出たときの流れも書いておきます。

まず、必要ならすぐ病院に連れていかれます。本人の判断で我慢する、ということにはなりません。

その後、労災の申請をします。治療費は自分で払うものではありません。

それと並行して、課長が災害速報を作ります。何が起きて、なぜ起きたのかをまとめた文書です。これがメールで全社に流れ、他の部署の朝礼でも共有されます。

隠す方向には動きません。むしろ逆で、起きたことは全社に知らせるのが決まりです。同じことを他でやらせないためです。

これから工場に入る人へ

工場は危ないかと聞かれたら、思っているほどではないと答えます。35年でケガは1回、入院はゼロです。

ただし、安全なのは運が良かったからではありません。毎日の唱和も、月1回のKYTも、面倒なヒヤリハットも、全部そのためにあります。決まりを守っていれば、まず大丈夫です。

逆に言えば、守らなければ先輩のようになります。安全扉を閉めるだけのことでした。それをしなかった1回で、翌日に病院です。

見学や面接に行く機会があれば、保護具が支給されるか、朝礼で安全の時間があるかを聞いてみてください。答えられる会社は、たいてい中もまともです。

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筆者:工業高校卒業後、1989年に自動車部品メーカーへ入社。1年間の企業内学園を経て試作課へ配属。以来、試作品の組み付けから性能測定までを担当。班長を経験したのち、管理職の道ではなくものづくりの現場に残ることを選んだ。 この記事は個人の経験にもとづくものであり、所属企業の見解ではありません。記載の内容は筆者の勤務先での一例です。 詳しくは書いている人へ。