工場のリアル、先に言っておく 製造業に入る前に知っておきたいことを、中の人が書く

お金と待遇 2026-08-26

工場の給料はどう上がっていくか。35年勤めた人間の実際

金額は書きません。書けるのは上がり方の形です。毎年1回、全員上がります。頭打ちもありません。35年勤めて、昇給が止まった年は一度もありませんでした。

ただし、上がる一方でもありません。私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作課に35年います。私の会社の場合はこうだ、という話として読んでください。

毎年1回、全員上がる。止まった年はない

まず基本の形です。年に1回、賃金の引き上げがあります。そして全員が対象です。

「評価が悪い人は上がらない」ということはありません。全員上がる。ここは安心していいところだと思います。

そして35年で、昇給が止まった年はありません。バブルがはじけた年も、その後の景気の悪い時期も、上がり続けました。これは大きい会社の安定した部分だと思います。

賃金は何で決まるか

うちの場合、賃金は次のようなもので算出されます。

見て分かるとおり、個人の成績で毎月の給料が大きく動く仕組みではありません。年齢と勤続年数が入っているので、長く勤めていれば自然に上がっていきます。

では評価は関係ないのかというと、そうでもありません。評価が悪ければ役職に就けないので、そこを通して差が出ます。評価そのものが毎月の賃金を直接動かすというより、役職という形で効いてくる、という仕組みです。

頭打ちはない。ただし減る要素はある

ここが今日、一番書いておきたいところです。

賃金は毎年上がるので、「何歳で頭打ち」という上限はありません。ただし、減る要素はあります。

扶養手当のほうは、多くの人が見落とすところだと思います。子どもが独立すれば、給料は下がります。本人の働きぶりは何も変わっていないのに、明細の数字は減る。これが実際に起きることです。

「年功だから毎年増えていく」と単純に思っていると、あるとき「あれ、去年より少ない」となります。上がる力と減る力の、両方が働いていると知っておいてください。

差が一番出るのはボーナス

人によって差がはっきり出るのは、毎月の給料ではなくボーナスです。

ボーナスには会社の業績と、個人の評価の両方が入ります。特に個人の成果は結構反映されます。同じ職場にいても、ここで違いが出ます。

裏を返せば、頑張りが給料に返ってくるとしたら、その入口はボーナスです。毎月の賃金は仕組みで決まる部分が大きいので、そこを動かそうとしても限界があります。ボーナスの月数については自動車部品メーカーはきつい?正社員は割に合うのかに書きました。

役職に就かないと、そんなには上がらない

正直に書きます。役職に就かないと、賃金もボーナスもそんなには上がりません。逆に役職に就けば、その分が上乗せされて上がります。

私は昇進試験を断って現場に残りました。だからこの差は、自分で選んだ結果として引き受けています。断ったこと自体に後悔はありませんが、お金の面で損をしていないかと言われれば、していると思います。

これから工場で働く人には、この構造を先に知っておいてほしいです。年功で上がる部分は誰でも同じ。差がつくのは役職とボーナス。それだけのことです。

基本給だけだと厳しい。残業代はあてにしている

もうひとつ正直なところを書きます。基本給だけだと、厳しいです。

私は残業代を実際にあてにしています。残業込みで生活が回っている、というのが本当のところです。

だから残業がなくなると、家計に直接ひびきます。それを実際に経験したのが、EV化で仕事が消えた時期でした。詳しくは残業ゼロの工場とパンパンの工場、どっちが幸せかに書いています。

求人票を見るときは、基本給だけで生活できる水準かを見てください。「残業込みでこれくらい」と書かれている金額を鵜呑みにすると、残業がない時期に苦しくなります。求人票の読み方にも書いたとおりです。

生活はできる。ただし余裕はあまりない

結局、工場勤務の給料はどうなのか。35年やってきた実感で書きます。

生活はしていけます。家族を持って、家を持って、子どもを育てることはできました。それは事実です。

ただし残業しなければ、余裕はあまりありません。生活のしかたにもよりますが、ぜいたくができる水準ではない。ここは正直に言っておきます。

「工場は稼げる」という話も、「工場は安い」という話も、どちらも極端だと思います。毎年きちんと上がって、止まることはなく、家族を養える。でも残業を抜くと余裕はない。それが35年勤めた人間の見ている景色です。

この水準を高いと見るか低いと見るかは、人によります。ただ、入る前に知っておけば、こんなはずじゃなかったとは思わずに済みます。

筆者:工業高校卒業後、1989年に自動車部品メーカーへ入社。1年間の企業内学園を経て試作課へ配属。以来、試作品の組み付けから性能測定までを担当。班長を経験したのち、管理職の道ではなくものづくりの現場に残ることを選んだ。 この記事は個人の経験にもとづくものであり、所属企業の見解ではありません。賃金制度は会社によって大きく異なります。金額は記載していません。 詳しくは書いている人へ。