工場のリアル、先に言っておく 製造業に入る前に知っておきたいことを、中の人が書く

働き方と転職 2026-08-06

工場の人間関係はきついか。35年同じ職場にいた私の答え

工場の人間関係がきついかと聞かれたら、今はそうでもないと答えます。きつかったのは昔のほうです。私が入社した1989年ごろの現場には気性の荒い人が多くて、正直、苦労しました。

私は自動車部品メーカーの試作課に35年います。同じ職場をこれだけ長く見てきた人間として、何がきつくて、それがどう変わったのかを書きます。

今の現場で、人間関係に困ることはほとんどない

私の班は6人ほど。課全体でも数十人規模で、顔と名前が全部一致する大きさです。この人数で毎日顔を合わせていますが、揉めごとで仕事が止まるようなことは起きていません。

雰囲気もゆるくなりました。昔は仕事中に喋っていると怒られたんです。手を動かせ、と。今はそんなこと言う人はほとんどいません。作業しながら世間話をしていても、誰も何も言わない職場になりました。

昔の現場には、気性の荒い人が多かった

私が入ったころは違いました。とくに年配の先輩たちに、個性の強い人が多かったんです。

技術部門の人に向かって怒鳴っている職制がいました。うまく作れずに不良品を出したとき、製品を床に投げる作業者もいました。今の職場で同じことをやったら大問題です。毎日あったわけではありません。それでも、たまにそういうことが起きる職場でした。

ひとつだけ、名誉のために書いておきます。手が出ることはありませんでした。口は荒くても、殴る蹴るを見たことは35年で一度もありません。

なぜ荒い人が多かったのか

ここからは私の推測です。理由はとにかく人が要る時代だったからだと思います。

荒かったのは、私より10歳以上年上の人たちでした。私が入るよりずっと前に入社した世代です。あのころは経済が伸びていて、どこの工場も人手が足りなかったはずです。人が足りなければ、会社は選んでいられません。結果として、いろんな人が現場に入ってきたのだと思います。同じ会社でも技術部門にはそういう人はほとんどいなかったので、余計にそう思います。

バブルがはじけて採用が絞られてからは、入ってくる人の顔ぶれが変わりました。そして荒い世代は、定年で職場から抜けていきます。いつ消えたという境目はありません。気づいたら、そういう人がいなくなっていました。

いじめや派閥はない。合わない人はいる

工場と聞くと、いじめや無視、派閥のようなものを心配する人がいるかもしれません。35年いて、あからさまなものは見た記憶がありません。誰かを外して仕事を回すとか、口をきかない集団があるとか、そういう話はうちの現場では聞きません。

ただし、どうしても合わない人はいます。それは今もいます。私の対処法は単純で、なるべく関わらないようにする、それだけです。

若いころは、これができませんでした。合わない相手に腹が立って、つい言葉づかいが荒くなってしまうんです。あとで反省するのに、次もまた同じことをやる。割り切れるようになるまでには、それなりの年数がかかりました。

ただ、今はそもそも腹が立つ場面が減りました。みんな気を使うので、カチンとくるような言い方をする人がいないんです。私が若いころに手を焼いたのは、相手の言い方に反応してしまう自分でした。その相手のほうが、今の職場にはいません。

班長として気をつけていた2つのこと

私は途中で班長を経験しました。人を使う側になって、気をつけていたことが2つあります。

ひとつは、できるようになるまで放置しないこと。仕事を教えて「あとは自分でやっといて」と離れてしまうと、その人はどこかで詰まります。詰まったまま放っておかれた人は、やがて職場ごと嫌いになります。

もうひとつは、なるべく会話をすること。用がなくても声をかけておく。そうすると、困ったときに向こうから言ってくるようになります。逆に言えば、普段しゃべっていない相手には、誰も相談しに来ません。

口の悪い上司は結構いました。でも、パワハラと呼ぶところまで行った人は思い当たりません。言い方はきつくても、仕事は教える。そういう人が多かったです。

派遣の人との壁はない。飲み会も自由になった

派遣や期間工の人と正社員の間に壁があるか。私の実感ではありません。やることは同じですから、同じように話します。雇用の形は違っても、隣で同じ製品を作っている相手です。この話は派遣から正社員になれるのかにも書きました。

飲み会は今もあります。変わったのは参加の仕方です。昔は強制でした。行きたくなくても連れていかれる。今は行かない人がいても、誰も何も言いません。来たい人が来る会になりました。工場の飲み会を心配している人がいたら、そこは安心していいと思います。

ガラは悪かったが、面倒見は良かった

昔の話をきついことばかり書いてきたので、もう一方の面も書きます。

あのころの人たちは、ガラは悪くても面倒見が良かったんです。仕事の教え方は雑でも、放っておかれた感じはしませんでした。休日に先輩の家へ呼ばれて、昼ご飯をご馳走になったこともあります。職場を出たあとまで面倒を見てくれる人が、普通にいました。

今はそこまで親密にはなりません。職場は職場、家は家。どちらが良いとは言いません。ただ、あの距離の近さで助けられた場面が、私には何度もありました。

コツは、人間関係を作りすぎないこと

最後に、工場でやっていくコツを書きます。難しい質問です。私自身、人間関係が得意なほうではないので。

そのうえで答えるなら、あまり作りすぎないことです。全員と仲良くしよう、良い人だと思われようと頑張ると、疲れてもちません。挨拶をして、仕事の話をして、合わない人とは距離を置く。それくらいで十分回ります。

ありのままでいいと思いますよ。35年やってきて、これが正直なところです。

それでも今の職場が合わないと感じているなら、無理に耐える必要はありません。工場を辞めたいのは甘えか「最近の若いのはすぐ辞める」は本当かに、辞めることについての私の考えを書いています。工場勤務の全体像は自動車部品メーカーはきつい?正社員は割に合うのかへ。

筆者:工業高校卒業後、1989年に自動車部品メーカーへ入社。1年間の企業内学園を経て試作課へ配属。以来、試作品の組み付けから性能測定までを担当。班長を経験したのち、管理職の道ではなくものづくりの現場に残ることを選んだ。 この記事は個人の経験にもとづくものであり、所属企業の見解ではありません。記載の内容は筆者の勤務先での一例で、職場の雰囲気は会社や部署によって異なります。 詳しくは書いている人へ。