35年で一番うれしかった仕事・一番きつかった仕事
一番うれしかったのは、自分で考えて作った治具が、狙いどおりに機能したときです。一番きつかったのは、人に気を使いながら仕事を割り振ったときです。35年やってきて、この2つがはっきり両端に残りました。並べてみると、自分がどういう人間かがよく分かります。
私は1989年に自動車部品メーカーへ入社し、試作課に35年います。製造業が自分に向いているか迷っている人の、参考になればと思います。
一番うれしかった仕事:新製品の流量調整治具
新製品の流量調整治具を作ったときのことです。流量調整というのは、図面で決められた条件で、製品を通る液体や気体の量を規定の値に合わせる作業です。その調整をするための道具を、一から作りました。
この治具は構成部品がいくつもあって、それを一つずつ考えて、作って、組み付けていきました。手間はかかりましたが、組み上げてみたら、狙いどおりに調整ができた。あのときは本当にうれしかったです。
治具というのはその製品専用の道具なので、世の中に売っていません。自分で考えて作るしかない。その中身は治具とは何かに詳しく書きました。頭の中で考えた仕組みが、実物になって、ちゃんと役目を果たす。試作の仕事で一番面白いのは、この瞬間です。
一番きつかった仕事:日程管理と仕事の割り振り
逆に一番きつかったのは、職制(現場の管理職)だったときの製作日程の管理と、作業者への仕事の割り振りです。
毎日届く手配に対して日程を組み、誰に何をやってもらうかを決める。ここまでなら段取りの仕事です。きつかったのは、その先でした。作業者によっては、仕事の内容が気に入らないと、あからさまに不機嫌になる人がいます。そのたびに気を使う。この気の使い方が、私にはこたえました。
結局、私は職制に向いていなかったんだと思います。だから昇進試験を断って、現場に残りました。そのてんまつは昇進試験を断ったらどうなったかに書いています。図面を床に叩きつけたのも、この時期です。
うれしさの正体、きつさの正体
2つを並べてみると、答えははっきりしています。私は自分で考えて作るのが好きで、人に気を使ってやってもらうのが苦手なんです。
ある意味、わがままで協調性がないのかもしれません。でも35年やってきて、これは変えられないものだと分かりました。向き不向きというのは、努力でどうにかするものではなく、自分で見つけて、それに合う場所を選ぶものです。
製造業の中にも、いろいろな役割があります。手を動かす仕事、人をまとめる仕事、数字を追う仕事。同じ工場の中でも、試作と量産ではまったく違います。自分がどれに向いているかは、やってみないと分からない部分もありますが、両方を経験した私が言えるのは、向いていないほうを選び続けると消耗するということです。
35年で変わらなかったもの
35年で変わらなかったものは、一つだけです。ものづくりが好きなこと。
これは入社したときから今まで、まったく変わっていません。仕事で試作品を作り、休みの日にはルアーを自作する。やっていることは同じです。考えて、作って、試して、直す。この繰り返しが、たぶん私は好きなんだと思います。
そしてこの仕事を35年続けられた理由も、突き詰めればこれだけです。給料でも、安定でもなく、作るのが好きだったから続きました。
変わったのは、人への接し方
逆に変わったのは、人への接し方です。
職制を経験して、嫌だったことがいくつもありました。だから今は、自分が嫌だったことは、今の職制にはしないよう心がけています。仕事を振られて不機嫌な顔をしない。気づいたことは自分から報告する。うちの班長はまだ経験が浅いので、そのフォローもします。
仕事を振る側がどれだけ気を使っているか、自分がやったから分かります。回り道でしたが、無駄ではなかったと思っています。この年齢での貢献の仕方は体力の限界の記事にも書きました。体で稼げなくなった分は、経験で返すしかありません。
これから製造業に入ろうか迷っている人へ
ものづくりが好きな人なら、チャレンジする価値はあると思います。きつい面も、割に合わない面も、このブログで正直に書いてきました。それでも、自分で考えて作ったものが形になる仕事は、そう多くありません。35年やってきた人間の実感です。
向いているかどうかは、やってみないと分からない部分もあります。ただ、判断の材料は多いほうがいい。仕事の中身なら試作と量産の違い、待遇ならきつい?正社員は割に合うのか、迷いのほうが強いなら工場を辞めたいのは甘えかに書きました。